私が整体師になったワケ その11

薬科大学で助手をしていた時に起きた「めまい」が原因で、
その時にお世話になった気功師の方との出会いがきっかけとなり、
「自分の手で手助けをしたい」という衝動に駆られ、
大学を退職して、その道を歩む決意をした、




ということをこれまでお話ししてきました。




大学を退職後、本来ならばすぐにでも整体師の道を歩むべきだったのですが、
まだ資格も取得しておらず、また大学という狭い世界に長年いたため、
社会を知るための社会勉強として実家の会社に入社することになりました。




まあ、甘えと言えば甘えですけどね。




入社して一年目は、薬局とハーブやアロマを扱う実家の会社で、
長兄の下で働きながら、整体の学校に通って資格を取らせてもらいました。




大学の先生方には大変申し訳ない言い方になりますが、
大学を辞めてからの一年は本当に毎日が楽しかったです。




と言うのも、それまで外に出ることもなく、暑いのか寒いのかもわからず、
毎日終電で休みもなく研究していたため、仕事で外回りをすると

「へぇ~昼間のデパートってこんなに人がいるものなんだ!」
「へぇ~こうやって商品って作られるんだ!」

など、これまで経験したこともないようなことを初めて経験したからです。




何が何だかよくわからないまま、
整体師の資格だけ取らせてもらったというような一年でしたが、
まあ実社会に出るための「トレーニング」みたいなものでした。




ところがせっかく整体師の資格を取ったにもかかわらず、
自分の考えの甘さで実家の会社に入ってしまったために、
なかなかそこから抜け出せなくなってしまいました・・・




当時、会社は長年の不況で成績がよくなく、また、これまでの債務もあり、
だんだんとその深刻さがわかるようになってきてしまっていたこともありました。




気づけば、

「自分だけ好きなことをやっていいのだろうか?」

という思いが頭をよぎっていました・・・




また、これが一番の理由なのですが、大学を辞めることには賛成ではあるものの、
整体師になることには反対の父親を説得できずにいました。




「整体という方向性はいいがお前がやるのではなく、そういう会社を経営しろ」




父は私を兄二人と同じように経営者にしたかったようなのです。




「経営者になりたくて大学を辞めたわけではない。僕は整体師になる。」




二人の意見はずっと平行線のまま。




もちろん、自分の人生なので親が決めるものではないですし、
いい歳にもなっているので、会社を飛び出して整体師になればよかっただけの話しです。




そのために多くの方に迷惑をかけながら大学を辞めたわけですから。




しかし私一人なら親に勘当されても自分の道を貫けますが、
うちの実家は家族の結束が強く、私が飛び出せば嫁さんにも迷惑がかかると思い、
説得なくして整体師にはなれない状況だったのです・・・




次回の「私が整体師になったワケ その12」をお楽しみください。

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